2009年06月29日

うで枕







 

                     うで枕

                                 すず



               
               柱時計の秒針を目で追いながら     
               階下のテレビの音を心地よく聞き
               左手でシーツを引き上げる

               

               通り雨に気を向けて
               クレームの電話を思い出し
               野球の結果を気にかけて

               

               動かしてはいけないうで枕
               ガラスのように固まって
               とけないで欲しいうで枕

               

               君と僕のうで枕。。。 


  

2009年06月28日

"酒と涙と男と女"






"酒と涙と男と女"たしかこんな題名の歌があった。
遠い昔
福知山で美容室の設計をしていた
その店舗の隣がスナックで、夕方マスターらしき人がひとり店に現れこの歌を流しながら掃除をした



私は突貫工事で現場近くのビジネスホテルに三週間泊まり込んでいた
最初はこの知らない歌を何気なく聞いていたが、毎日の事、夕方になると待ち望む自分がいた



台風で工事が止り、時間を持て余した私は夜ひとりこの店を訪ねてみた
スナックというより食事も出来る居酒屋という感じ、でもそんな店には似合わない音楽
ブルースが流れ、その何曲目かにその歌は流れた、こころが喜んだのが解った。。。



酒の入った身体で聞くその歌はまた一段と私を惹きつけた
題名も知らない歌、でも聞いているだけで充分だった



工事が明日で終わるという前の晩、お礼も兼ねて最後にその店を訪ねた
帰り際、マスターからキープしていた残りのボトルとテープを渡された
「また、来て下さい、お元気で。。。」何時も静かな人だった。。。



テープの背には"酒と涙と男と女"そう書いてあった
今だから本当の事が言える
私が好きだったのは歌の向こうに何時もいるマスターだったのかもしれない



男と女しかいないこの世に、酒と少しの涙と心に沁みる音楽があれば。。。


  

2009年06月28日

池花。。。







             先日、何年も前手掛けたガーデンの側を通ったので
             久しぶりに寄ってみた。

             

             手入れの行き届いた素晴らしい庭になっていた。。。
             ちびっ子だった木々は大きく育ち
             琵琶湖の風を気持ちよく受けて、鼻歌を歌っていた。

             

             たしか、コンセプトは「池花」だった。
             

             庭も女も手入れが大切だ。。。

      



  

Posted by anna at 18:31Comments(0)TrackBack(0)風の吹く自然

2009年06月28日

六月の一冊




  



                ”僕はこうやってきた”

                                       田原総一朗

1934年、琵琶湖の湖北滋賀県彦根市で田原さんは生まれた。
五歳で終戦。。。
地元の学校に進んで欲しいと言う親の意見には添わず、貧しい実家に東京から送金するからと上京
昼はJTBに勤め、早稲田の夜学に通った。
田原さんは小説家になりたかった。。。師と仰いだのは森鴎外
しかし、意に反して仕事に追われ、書けない自分に挫折する
それはその当時近い歳の小説家、石原慎太郎とか大江健三郎の作品で思い知らされたとある
これではダメだと、又早稲田の昼に再受験、おかげで大学には七年通った。



それからは皆が知っている田原さんだ、岩波映画、テレビ東京を経て77年フリーに
そして、最先端の問題をいつもとらえ、活字と放送の両方で評論活動を続けている
87年より、「朝までテレビ」89年より「サンディープロジェクト」でご活躍
同郷の思いから私も何度か講演会に出掛けている
田原さんの信念、夢、譲れないもの。。。
何となく解っているつもりでいたが、この本でもっと真実に近付けた気がした。



田原さんは近年最愛の奥様を亡くされている。
妻の村上節子さんは、日本の女性運動家としても立派な闘士の一人だった
彼女の死を悼む吉武輝子さんの悼辞は素晴らしいものであった。
日本一危険なキャスターも奥様には叱られっぱなし、だったそうだ。



田原総一朗、自己主張が強く、自説をまげない、そればかりか、人の意見を押さえたり、遮ったりする
しかも、様々なメディアを通じて、多くの人に強い影響力を与えている
こんな人になりたい人も、なりたくない人も、この本を読むと又違った田原さんが見えてくる
ガンとして曲げない、あの強さの真髄はいつも飛び続ける勇気から来ているのではないだろうか。



流石に気の強い私も田原さんの足元にも寄れない。。。




  

Posted by anna at 18:13Comments(0)TrackBack(0)本大好き

2009年06月28日

迷路・・・






左官屋のゲンさんが現場に来ない・・・
電話をしても出ない、ただ現場の穴が開かないように助っ人を頼んでる
皆に聞いても誰も教えてくれない・・・職人は皆無口



ゲンさんは今年たしか67歳、私とは喧嘩友達
昔の職人気質を何時も言い通し、私が新しい技法を話しても
「そんなもん、あかん、せっしょやわ」と聞かない



なのに夜なべしてデザインタイル貼ってくれるし
昼休みなしで働いている私に弁当を半分くれたり
水筒にお酒を入れて隠し、私にだけ三時の休みにこそっと呑ませてくれたり



社長に何時も言われている
職人のプライベートまで立ち入ったらあかん、と
私だって解っている、そんな事よく解っている・・・でも気になって放っておけない



現場を抜けて、ゲンさんの家を訪ねた
ゲンさんは母親の介護をしていた、母親91歳、年末から痴呆が出て一人に出来ないらしい
ゲンさんは奥さんに先立たれ、今は母親と二人暮らし



夕方もう一度持てるだけの紙オシメとゲンさんの好きな日本酒を買って届けた
65歳以上の人が親の介護をするのを”老老介護”
40歳代の子供が自分の親と又その親を介護しているのを”三階建て介護”と呼ぶらしい



帰り「何かあったら私には電話してや」と言った
でも「おおきに」と言ったゲンさんは絶対電話してこないだろう
民生委員の人を訪ね、事情だけ話し、訪問を頼んで帰った



あぁ・・・あんな強気なゲンさんがひと回り小さく見えた


迷路に迷い込む私の心・・・


出口は何処にあるの・・・






  

2009年06月28日

足手まとい


         



                足手まとい

                                     すず


           

            携帯のメールに言葉を書いた
            長々と

            

            何度も読み直し、コーヒーを飲んだ
            書き直した言葉は、半分に・・・

            

            言いたい事は夏の雪だるまのように
            君に届く頃には、たったの一行

            

            僕は君の足手まとい。。。








  

2009年06月28日

ゴムの子分






愛猫
名前はゴム
そうなんです、ゴムはワンピースのルフィーから頂きました。


このゴムには不思議がいっぱい。。。



まずはトイレが大好き。
私がトイレに入ると必ず付いて来る、そして飾り棚の上にピョン。
棚の上にはトミカのミニバスが6台、HMVのマスコットがふたつ置いてある。
その中でもこの犬のぬいぐるみが大のお気に入り、ゴムの子分。
けっして落とすことなく足の間に挟んであげて、とっても嬉しそう。



ゴムのお気に入りは他にもある。
ゴルフボール、私がじゅうたんの上でパターの練習をすると
先にボールを追いかけていって右手でチョイチョイ。



次はお風呂の前に敷いてあるお風呂マット。
あれぇゴムいてへんなぁ~と思うと、必ずお風呂マットの上でグースカピー。



それからとびきりのお気に入りは粘着テープ。
じゅうたんのゴミを取る、そうコロコロと呼ばれるもの。
私がコロコロを持ち出すと、走ってきて、ぺったんこになって寝転ぶ。
そんなゴムの背中を私はコロコロして上げる。
抜け毛がいっぱい取れる。
ゴムは恍惚の表情・・・。



不思議だね。
ゴムの好きな物。
不思議だね。
私の大好きなゴム。


  

Posted by anna at 16:12Comments(0)TrackBack(0)こびない猫

2009年06月28日

笑顔の向こう。。。



友香ちゃんは目が見えません
耳は少し
言葉もないです
13回の手術も虚しく重度の障害があり、身長も一年生くらい
でも歳は19歳
もう直ぐ二十歳の誕生日です。



私は本職の設計の仕事以外に障害者やお年寄りの介護の仕事もさせても貰っています
テスリを付けたり、バリアフリーにしたり、介護用のお風呂にしたり
介護する方も介護される方も少しでも楽になるように考えます
図面は10分もあれば書けます
でも行政から補助金がでるので書類はたっぷりあります。



そんな中、友香ちゃんに出会った
お母さんとお兄ちゃんとの三人暮らし
お父さんは友香ちゃんが生まれて直ぐ、ガンで亡くなりました・・・
障害のある子供を残して、無念の死だったと・・・
お母さんの苦労と泪の20年が私の心にずっしりきました。



私は何にもしてあげられません
40キロもある友香ちゃんを抱っこしてお風呂に入れないといけないお母さんを楽にしてあげたい
市役所に通い、いつもよりたっぷりの書類と頭を下げて。。。
電動イスの付いたお風呂工事が終わりました
お風呂の好きな友香ちゃん
どうにかお誕生日に間に合いました。。。



お母さんがいつも言います
「この子がいたから生きてこれた。。。」
私なんてまだまだです・・・
そんな私の手を友香ちゃんがギュットにぎってくれて
満面の笑顔を見せてくれます



友香ちゃんには何もかも解っているような笑顔です



笑顔の向こうを、少しだけ、そっと見せてくれました。